私のSNSに辿りついた学生さんへ

新年度が始まりました!

今年度前期は2つの大学と2つの専門学校(4クラス)で授業を担当しています。

いまどきの学生さんは、担当者の名前をネットで検索することも多いでしょう。研究者がどのような仕事をしているのかについては、researchmapを見るのがよいと思います。

researchmap.jp

授業担当者のSNSを見つけてフォローしている人もいるかと思いますが、私に関してはその必要はまったくありません。有益な情報は少ないですし、授業担当者のSNSを見ている方が評価で有利になるのはよくないと考えています。

通常の設定のSNSは授業で使うには向いていません。発信する情報が確実に届くとは限らないからです。私のアカウントは名前がわかるようになっていますが、学生の皆さんのほとんどはアカウントで本名を使っていないでしょう。受講生だと気付かずブロックすると、その人には情報が届かないということが起きます。

SNSを見なくても安心してください。授業に関係があること、特に成績評価に影響することについては、かならず受講生の皆さんにお伝えします。SNSのポストにしか情報がないということはしません。授業中に伝えるだけでなく、ちょっとしたことでもLMS(GoogleClassroomのストリームやWebClassのタイムライン)に投稿します。そのため、少々ウザいかもしれませんが、気になる人はチェックしてください。LMSのない専門学校に関しては、授業中に対面で伝えます。

また、これは当然ですが、レポートなどを担当者の考えや好みに合うように書く必要は一切ありません。レポートに必要なのは阿ることではなく、自分の意見を論理的にしっかり書くことです。まともな担当者なら、自分の考えや好みに合わないという理由で減点をすることはないので、評価が良くなることを目的に担当者の考えや好みをリサーチする必要はありません。

 

 

少し話はそれますが、私はSNSは多くの時間を費やすようなものではないと思っています。SNSで小さな承認欲求を満たすことに多くの時間を費やすよりは、大きな目標に向けて時間を費やす方が後悔のない人生を送れると思っています。受講生の皆さんも、小さな承認欲求の魔力に捕らわれそうになったら、アプリ使用時間の制限を設定するのをお勧めします。

「鯛の鯛」の短歌

角川『短歌』9月号第557回角川歌壇にメバルの「鯛の鯛」について詠んだ歌が載っていた。

メバルにも「鯛の鯛」あることを知り煮付けの鰭の奧処をほぐす

新潟県 柳村光寛

辰巳泰子選では特選、生沼義朗選でも佳作の一首目にある。

特選の選後評には

骨までしゃぶって平らげたい、深く知りたいというマニアックな愛。古語「おくが」も、よく収まっている。

とある。

鯛の鯛」とは、エラの奥にある魚の形をした骨である。Wikipediaによると「硬骨魚の肩帯の骨の一部であり、肩甲骨と烏口骨が繋がった状態のもの」で「基本的にほとんどの硬骨魚に存在する」。肩甲骨が魚の形の頭の部分で、ここにある穴が、ちょうど魚の目のように見える。焼き魚より、身がほろほろと離れてくれる煮付けの方が比較的とりやすいが、肩甲骨と烏口骨の部分が外れやすく、鯛の形を保ったまま取るのは難しい。それだけに、取れたときはうれしい。縁起物として集める人もいるらしい。

ところで、作者は「メバルにも『鯛の鯛』あることを知り」と詠んでいるが、いつどこで知ったのだろうか。5ヶ月前の『短歌』4月号第552回角川歌壇、小黒世茂選の特選に

鯛の鯛めばるのめばる幸運に変わりはあらず一人の食事

兵庫県 桝田法子

という歌がある(桝田法子というのは私が短歌を詠むときに使っている名前である)。角川歌壇では、投稿した作品が掲載されるのは4ヶ月後だ。時期的に、柳村光寛さんはこの拙詠を見たのではないだろうか。

私が詠んだ鯛の鯛、めばるのめばるという表現のバトンを、誰かが繋いでくれた――もしそうだとすると、こんなにうれしいことはない。こういうことは初めてで、「鯛の鯛……」は私にとって記念碑的な歌ということになる。

鯛の鯛」の歌は、もともと連作の最後の一首で、最初の一首は

青春と呼ばれる季節を見送りぬタケノコメバルの潤んだ瞳

なのだが、これはもちろん『おくのほそ道』の

行く春や鳥啼き魚の目は涙

という表現のバトンを受けて詠んだものである。

『短歌』9月号の久我田鶴子選の佳作の一首目には、同じ作者、柳村さんの

佐渡沖で一日メバル釣るわれは皺の奥まで早日焼けする

という歌があり、メバルは釣果だったことがわかる。釣りをする人なのだ。

文学作品、とりわけ韻文を読む楽しみとして、私は典拠というものを重視している。時空を越えて同じ表現が用いられることで、星座のように作品の世界が広がっていく楽しみ。遙かな時を経て古典から受け継がれているものもあれば、同時代に場所を越えて広がっていくものもある。鯛の鯛という表現が、阪神間のスーパーでタケノコメバルを買った私と、新潟で釣りを楽しむ作者を繋いでくれたのである。

(違っていたらどうしよう……)

 

↓袷を質に入れて初松魚を買うという表現の広がりを追った論文です

BAKER(佛教大学論文目録リポジトリ)詳細画面

 

漢文を翻刻するときに便利なサイト

翻刻してテキストを作るのはすべての基本。漢文は写本でも文字をあまり崩していないものが多いですが、それでも時間がかかります。ふだん翻刻するときにお世話になっているアプリやサイトの覚え書きです。「えっ、あれ使ってないの?」というのがあればぜひコメントください。

 

codh.rois.ac.jp

「みを」の登場で翻刻が劇的に捗るようになりました。得意不得意があるようで、近世の漢詩の詩稿の場合8割くらい読める一方、儒者の書簡はほぼ読めません。「みを」を頼らなくていいものでも、テキストに変換してもらって入力の手間を省いています。

 

uakms.github.io

旧字体に変換するサイトはいろいろありますが、私はこれを使っています。一人称の「余」も「餘」に変換されるなど、細かいところを確認する必要があります。

 

このあとは読めなかった文字一つ一つと向き合う時間です。

tosando.ptu.jp

漢詩の場合は韻や平仄から候補の文字が絞れます。韻や平仄を間違っている可能性もありますが。

 

masudanoriko.hatenadiary.com

書簡を読むときに使っている本を書いています。

 

kanji.club

〇へんに〇って何ていう漢字だったっけ……というときに、即出てくるので便利です。

 

glyphwiki.org

どうしてもこの字をパソコンで出すのは無理……と諦める前にここを見ます。

 

訓点や送り仮名を付けるのには、やっぱり一太郎が便利です。

自分で詠んでみることで漢詩を学ぶ

昨年度まで、ちょっと変わった漢文の授業を担当していました。実際に学生さんに漢詩を作ってもらうことで、漢詩に関わる内容を学んでもらうという授業です。

年度ごとにアレンジしていますが、だいたい以下のように進めていました。ほとんどの回で、以下の内容に加えて有名な漢詩の鑑賞をしています。

 

  1. 七言絶句のお軸を読んで、漢詩についてざっくりとした話をする。特に、2・2・3で切れていることに気付いてもらう。意外と気付いていないので。
  2. 平仄について学ぶ。漢和辞典に平仄のマークがあったことに気付いてもらう。自分の名前や好きなアイドルなどの平仄を調べてみて、平仄が同じ人同士、異なる人同士のペアを作って遊ぶ。
  3. 対句について学ぶ。を紹介する。自分の部屋に飾るという設定のを作ってもらう。
  4. 用意された韻で、カード(後述)を用いて絶句の転句を作ってもらう。
  5. について学ぶ。柏梁体で遊ぶ。
  6. 既に作ってある転句に繋がるように残りの3句のうち、作れるだけ作ってもらう。←これはあとで推敲します。
  7. 詩語集を紹介する。昔の日本人が漢詩を作っていたことなど文学史的なことを説明し、主として江戸時代の日本人の有名な作品を紹介する。
  8. 「送別」「秋」「新年」などのテーマごとに有名な作品を鑑賞する。例えば「黄鶴楼送孟浩然之江陵」を鑑賞すると「〔地名〕送〔人名〕之〔地名〕」に自由に地名や人名を入れて題を作るなど、創作的な作業をして構造を確認するようにする。また、毎回平仄を示し、も韻目表で確認し、7で作った句を推敲する、または一から作り直す。
  9. 色紙に自作の漢詩を書く。

平仄を学ぶために、平声の詩語はピンク、仄声の詩語はブルーのカードに書いたものを用意しました。これを机に並べると、パズルのように句を作ることができます。

水道の広告マグネットを利用して、平仄の白丸黒丸のマグネットを作りました。黒板で平仄の説明をするとき便利です。

 

期末には自作の七言絶句(五言絶句より七言絶句の方が初心者には作りやすいようです)に書き下し文と注釈を添えたものをレポートとして提出してもらいました。自分で詠んでみることで漢詩について学ぶのが目的なので、文学作品としての出来の良さは考慮せず、漢詩のルールが守られているかをチェックしました(ほとんどの場合、結果的に良い作品は高得点になります)。この他、毎回の授業でのちょっとした作業や聯などの小さな提出物にも点数を付けました。

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初心者の入門書として太刀掛呂山『だれにでもできる漢詩の作り方』がありますが、Amazonではアホみたいに高いです。

国会図書館のデジタルコレクションに入っているので見ることができますし、古書店に在庫があればそちらのほうがずっと良心的な値段になると思いますので、手元におきたい方は日本の古本屋で探すのをお勧めします。

webcatplus.nii.ac.jp

東方書店には在庫がありそうです(5月16日現在)。こちらで扱っておられるのは古本ではなく新品です。

www.toho-shoten.co.jp

こんな本が出るんですね。

新年に決めたことなど

2022年の新年に「がんばるという気合いだけでは無理なので、仕事をする環境と仕組みを作っていきます」と書いていたのに、「帰宅するのが9時過ぎそうだったらサクッと外食」「弁当作りで消耗せず、外食で浪費せず、学食を活用する」くらいしか実現できませんでした。そもそも非常勤のコマ数(最大週14コマ)が知恵と工夫でどうにかなるレベルではなかったのです。知ってた。知ってたよ。

 

さて、長年うだうだ言い続けましたが、このまま何事もできないまま死ぬとこの世に未練がありすぎて成仏できないので、2023年はやばいレベルにコマ数を減らして書き物に専念します。還暦やし。

 

といいますか、契約を切られそうなコマがたくさんあるけど、切られるに任せるというのが実情です。一応情報を集めましたが、抵抗しても費やす時間と労力とお金に対して満足できる結果にはならなさそうなので。もともと緩やかに減らしていこうとは思っていたのです。還暦やし。

 

ただ、肩書きが軽作業アルバイトになったら研究費がもらえなくなったり申請できなくなったりしそうなので、研究者番号を管理していただいている非常勤先には無期転換を申し出るつもりです。

 

そういうわけで、令和5年度はこの機会にたまってしまった自分の仕事に集中しようと思います。

人生いろいろアレで十分な貯金もないのに1年間は本を書くのに集中って、この年で夢を追う若者みたいなことしてどうすんねんという感じですが、親しい人たちに言わせると私には逞しい生活力があるらしいので、1年間、週5コマくらい(前期は専門学校のコマがあるので10コマ近い期間もあります)の生活を送ります。

 

ちょっとわくわくしてる。還暦やしな。

「買ひ得たり重来晩市の魚」の解釈について

中村健史氏から「晩市余考」(『研究と資料』第85輯)をいただいた。「柏木如亭「即事」詩考」(『雪を聴く 中世文学とその表現』所収)における買ひ得たり重来晩市の魚」の解釈について疑問を書いたところ、検証してくださったものである。

ありがとうございます。

masudanoriko.hatenadiary.com

揖斐高『江戸漢詩の情景――風雅と日常』

睡眠不足のぼーっとした頭で『雅俗』21号を読んでいると、「名著巡礼」で山本嘉孝氏が中村真一郎『江戸漢詩』を取り上げている中に私の名前が出てきて一瞬で目が覚めた。『江戸漢詩』は、大学卒業後ふつうにOL(死語…)になって3年くらい勤めて寿退職(死語…)しようっと ♪ などと思っていた私の進路を変えた本だ。そのことをあちこちでしゃべっていたので、ついにこういう目に遭ったのである。

これまで、江戸時代の漢詩に興味を持った人に勧める最初の1冊といえば中村真一郎『江戸漢詩』だった。1985年に「古典を読む」というシリーズで出版され、1998年には同時代ライブラリーに収録された。作品の魅力だけではなく、人間としての詩人たちが生き生きと描かれ、現在でも価値を失っていないと思う。

残念なのは同時代ライブラリーの方も絶版になってしまっていることだ。それでも興味のある人は手に入れるだろうけれど、長年、興味のない人にも届く本があればと思っていた。買いやすい値段の新書で、新しく書くなら、その書き手は……

本書はそういうイメージ通りの本だ。江戸漢詩そのものに興味はないが歴史や文学に興味がある読者が手に取りやすくなっている。京都を表す四字熟語、山紫水明について語るなら必読の「山紫水明」、凧の文化史といえそうな「凧の揚がる空」、林羅山石川丈山に倣って詩仙堂を営んでいたという「もう一つの詩仙堂」などなど、特に漢詩に興味がなくても読んでみたくなる内容で構成されている。

揖斐高氏と言えば江戸漢詩の中でも特に柏木如亭研究で知られているが、「西施乳と太真乳」では如亭の『詩本草』も取り上げている。言うまでもないが西施は越王勾践が呉王夫差に贈った女性、太真は楊貴妃のことである。河豚は一名「西施乳」といい、牡蠣は「太真乳」というが、本書は「太真乳」という艶称については如亭が新たに思いついたものではないかと述べている。

ここで学恩に報いるため1つ指摘しておくとすれば、「太真乳」という言葉は『閩小記』に巻2虎蟳にある。如亭は『閩小記』を読んでいたのではないだろうか。

「西施舌」 畫家有神品、能品、逸品,閩中海錯,西施舌當列神品,蠣房能品,江瑤柱逸品。西施舌以色勝香勝,當並昌國海棠。礪房以豐姿,勝並牡丹。江瑤柱以冷逸,勝並梅。西施舌既西之舌之矣,礪房其太真之乳乎,圓真雞頭,嫩滑欲過塞上酥。江瑤柱產氵亟江,癖梅妃子亦生其地…

「礪房は其れ太真の乳」とある。『詩本草』もまた「西施乳」の他に「西施舌」「江瑶柱」を取り上げており、影響関係が窺える。

中村真一郎『江戸漢詩』は一般の人も楽しめる読み物であったと同時に、研究者にとって多くの論文のヒントに溢れていた。本書も同様に、江戸漢詩の研究者を刺激するヒントに溢れている。ひとまずどなたか、「太真乳」について調べてください……

古本はAmazonより日本の古本屋の方がマトモな値段のことが多いです。

www.kosho.or.jp